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神奈川 湘南の地、鎌倉・片瀬山・西鎌倉・腰越・藤沢・大船・江ノ島・七里ヶ浜近くのフラダンス教室。湘南モノレール片瀬山駅から徒歩5分

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第2回 HULAとカラカウア王

前回は文字を持たなかったハワイの人々が神への信仰の表現や、出来事を言い伝える手段であることを記載しました。しかし、こうして繁栄してきたHulaも厳しい時代があったのです。 伝統文化として発展してきたHulaも18世紀になり西洋の文化と接するようになるとハワイにやってきたキリスト教の宣教師によって異教の儀式であるフラを禁止し約50年間Hulaは表舞台から一時影をひそめることになったのです。 その後1874年に伝統芸術を奨励したカラカウア王によって、禁止令が解かれました。 ですので、カラカウア王はHulaを復興させた偉大な王様として崇められています。 偉大なるカラカウア王について書かれた歌詞、そして踊りもたくさんあります。 それまでのHulaはパフと呼ばれるサメ皮の太鼓の伴奏で行われる踊りで神に捧げられる神聖な儀式でした。 一方、このときHulaは詩歌や衣装を新たに組み合わせて作られたのフラクイと呼ばれる新しい形でした。 これまでのパフは使われず 代わりに伝統的な楽器である、ひょうたんを使ったイプが結びつけられました。 Hulaでは沢山の楽器も使われています。 楽器のお話もまたお伝えしますね。 また、このころから西欧の影響を受けた歌が取り入れられてきました。 そうした中でもHulaの儀式的・祈祷的側面は守られてきました。 こうした時代を経て今では伝統的なフラ詠唱をともなうフラ・カヒコと歌をともなうフラ・アウアナと呼び分けるようになりました。 カヒコとアウアナはまた別の機会に紹介します。

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